いろいろな出会いが自分を育てた。 金沢の新しい出会いは未来をつくる。

金子 世菜 / Sena Kaneko

A_RESTAURANTパティシエ金子世菜

私は、小中高一貫の学校に通っていたのですが、何かもっと違うことをしたいと、途中から製菓と高校の資格が取れる学校に進みました。就活期を迎え、国内で就職すると少なくても何年かは時間が経ってしまいます。「今はまだ18歳だし、それは後でも良いのでは?それよりも今は現地のお菓子に出会ってみたい」と考えていました。

そして卒業と同時にパリへ研修という形で3ヶ月間行き、フランス語力が足らないということで再度フランスに渡り、語学学校に1年間通いました。その夏休みの3ヶ月の間に、ニースのレストランに研修に行かせてもらい、そこのシェフのサポートでボルドーのRestaurant Joël Robuchon, La Grande Maisonに1年間行くことができました。その時は楽しいということの方が大きく、日々の生活をするので精一杯というのはありましたが、大変だったという記憶がありません。

その後、ビザの関係で2017年にオーストラリアへ。その時出会ったのが「チョコレート」でした。ケーキとかパティスリーが発展している国ではなかったのですが、たまたま知り合ったフランス人オーナーがチョコレート・ショップを開店するということで、そこに入らせてもらいました。Bean to Barという、カカオ豆からチョコレートバーになるまでを一貫して製造する販売するお店でした。そこでカカオの面白さに嵌ってしまいました。

1年経って、またビザの問題でそこを離れることになりました。その時、オーナーからベトナムに行ったらいいよと紹介してもらったのが、ベトナムでカカオ豆と出会った二人のフランス人が立ち上げた店でした。ベトナムにはまだ珍しい正統派のチョコレートショップ兼カフェで、現地の材料を使用しながら、自社のチョコレートを主体としたお菓子をつくっていました。そこにも結局1年いて、その後カカオ産業としてはまだ途上のバヌアツにある、カカオ農家と提携したチョコレートファクトリーを紹介され、焙煎からチョコレート作り、包装までということをやりました。

多くの出会いから様々な体験をして、パティシエの世界は働く場所でかなり違うのだということも知りました。チョコレートの業界で近年増えているBean to Barをやる人たちは、元銀行員など製菓のベースがなくても異業種から参入される方が多く、取り組み方が新鮮で面白いと思います。昔ながらの職人的な方は個人店に多いようです。

レストランでは、他に料理人やソムリエも一緒に働いていることから<パティシエだけの枠にとらわれず発想や製法が自由>で特に魅力を感じました。いろいろな人種がいて、働き方があって、様々な食材と作り方があるということを知れたことは大きかったと思います。

日本に戻ったのは、バヌアツの友人の「自分はこの国に知らない島や場所ががたくさんある。それらを知らないで外に出ようとは思わない」という腑に落ちる言葉があったからです。地に足をつける場所を探そうと思いました。

そして日本を見てみようと旅する途中でこの会社に出会いました。実家が近い東京での就職を選ばず金沢に来ることにしたのは、しっかりした労働環境でありながら自由なスタイルの会社に魅力を感じたのはもちろんですが、まず自然が身近にあること、歴史と文化が街の中に存在していること、東京に比べ住居などの生活環境が充実させられると思ったからです。

それは仕事をする上で、仕事以外の部分も充実させて常に落ち着いた一定のマインドでいられなければ人を満足させられるデザートを提供することはできないのではないか、と感じていたからです。

入社が決まってすぐの、OPENSAUCEグループの 東京・麻布のフレンチレストラン「L’aube」での研修は、自分の中にあった「形にこだわる日本への違和感」を払拭してもらえた良い機会でした。シェフとパティシエの二人はフランスで修業されているので、日本の形式の良さも残しつつ、違った形での表現をされていて勉強にも切り替えにもなりました。これからも指導していただきながら新しい製菓の世界を目指したいと思います。

また、これから現場経験のある人も学校を出られた人も入社されると思います。年齢にこだわらず、ここで出会った仲間としてお互いを尊重しあいながら働ければと思っています。

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